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故アイルトン・セナと

故アイルトンセナと1991年フランスグランプリ、マクラーレンモーターホームにて
当時20歳になったばかりの僕は、どうしても彼に聞きたい事がありF1のパドックに忍び込んで彼が一人になったときを見計らって直談判しました。
最初はレースウィーク中だから無理だと断わられましたが、説得した結果熱意が通じその後20〜30分間二人だけで話をしてくれました。 (話の内容はまだ秘密です。)
この写真はその話が終わってモーターホームの外に出た時に偶然通りががかった日本人カメラマンに撮っていただいたものです。
その3年後1994年サンマリノGPにて彼は帰らぬ人となってしまいました・・・
ちょうど、現在これを書いている僕と同じ彼が34歳の時でした。
ご冥福をお祈りします
忘れられない言葉
そのときの話ではありませんが、あるインタビューの記事で彼に対して「あなたは裕福な家庭で両親の温かい保護のもとに育ち環境とチャンスに恵まれたから成功したのではないか?」との質問に彼はこう答えました。
「それは違う、皆平等にチャンスは与えられている。 この世に生を受けた事、それ自体が最大のチャンスではないか。」、「誰にでも平等に才能は与えられている。それはレーサーとかビジネスマンとか狭い意味のものではなく、人間としてまっすぐに生きていく才能、人間として恥ずかしくなく生きていく才能だ。 それに我々が気付くか否かだ」
この言葉をどう思いますか?
僕にとっては人生の中で出遭った忘れられない言葉の一つです。
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